編集元:ニュース速報板より「【野村証券】ファミコン・ネットワークとは何だったのか【山一証券】」
1 無能教員(京都府) :2008/10/08(水) 01:31:08.36 ID:y+Ds+Bvj ?PLT(27371) ポイント特典
1983年に発売したファミリーコンピュータ(ファミコン)の普及台数が、1987年には1200万台近くに達していた。
ここまで普及したファミコンに野村証券など証券業界が目を付けた。ファミコンを電話回線につないで、株価など証券情報の提供や株式の売買ができるようにしようという構想だ。任天堂は、ゲームなど多様な展開も可能と踏んで、通信アダプタを開発した。しかし株価の下落が始まると、顧客の株価への関心が薄れ、見向きもされなくなった。通信型ゲームも製品化できなかった。(中略)
回線の不良以外にも、悩みはつきなかった。「子供向けに開発したファミコンと、株式市場に関心がある証券会社の顧客という組み合わせが、うまく整合しなかった」と上村は原因を分析する。
ファミコンをテレビ受像機に接続できないという電話がかかってきたり、通信アダプタが外れたままになっているのに通信できないという問い合わせがあったりした。
電話とテレビ受像機が離れた場所にある場合、その間は配線で結ぶ。この配線が邪魔だと家族が反発し、返品になったケースもある。
実際に利用できる状況になっても、株価を確認するため以外のデータにアクセスする人は少なかった。いろんな情報のデータベースを用意したり、株の注文もできるようにしたが、ほとんど利用されなかった。
顧客の最大の興味は株価であって、それ以外の情報には興味がなかったということだろう。したがって株の売買にもあまり使われなかった。「ファミコンはオモチャという感覚があり、株式の売買をするのに利用してもらえるまで信用を得られなかったようだ」(上村)。
日経トレンディネット - 【任天堂「ファミコン」はこうして生まれた】
最終回:野村証券と通信アダプタを開発、ゲームは断念
http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/special/20081006/1019522/?ST=ent
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